日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

陸軍戦闘機の無線兵装の実装の実態について

陸軍戦闘機の無線兵装の実装の実態について

陸軍戦闘機用無線機には、飛3号無線機が使用されており、通信距離100粁(km)、短波を使用、重量15kg以内、電話を主とし、電信の使用も可能というのが基本的な諸元である。
なお、通信距離100粁は対地通信の条件であり、編隊内電話通信については戦闘飛行団戦闘の要求(所要通達距離50粁)を満足させることは出来なかったとのことである。
今回は陸軍戦闘機に搭載された無線機がどのように実装されて、如何に使用されたかなどの実態を具体的に検討することとした。
まずは飛燕に搭載された99式飛3号無線機を参考に示す。
 

上記資料から飛3号無線機の受信機はパイロットのコックピットの前面フロントの真ん中下部に設置されている。
送信機はパイロットの背後の空きスペースに収容されている。
コントールBOXである接続筐は、右横の上部に配置されていることが分かる。
ここで疑問がでるのは、何故コックピットのフロントの重要な部分に、大きな体積を持つ受信機を設置する必要があったのかである。
日本海軍の戦闘機では、このような配置ではなく、96式空1号無線機の受信機と送信機をコックピットの右サイド下部に配置しているが、このため無線機の形状は奥行が極端に短い特殊な形状となっている。
このような無線機配置のため、無線機運用では操作性が悪くなっているのもパイロットからの不評の要因の一つである。
陸軍戦闘機のようにパイロットの正面に受信機があれば、操作性の問題はないだろう。

 


日本陸軍の戦闘機の無線運用は、基本的には無線電話が主体である。
飛3号無線機の受信機のフロントの操作としては、音量調整器、AVC(自動音量調整)のスイッチと同調ダイヤルの3点のみである。
ただし、同調ダイヤルは送信機の送信周波数と同一となるように事前に調整されており、ダイヤルはロックされている。
パイロットの無線電話運用で受信機のパネル操作は、通常飛行機相互の通信距離に影響されるが、通常運用ではAVCスイッチをONとしておけば問題ない。
ただし、飛行機相互の通信距離が極端に、近ければ音量調整器をさげ、遠かればAVCのスイッチをOFFとして音量調整を上げる必要がある。
このように飛行機の運用特性にあわせた受信機の運用のためには、パイロットが操作しやすい場所への設置は重要である。
本来なら、リモートコントロールBOX(陸軍では接続筐、海軍では管制器と呼称)の機能として遠隔操作できればいいのだが、大戦前や大戦当初の段階ではこのような運用の発想はなかったようだ。

陸軍戦闘機用の飛3号無線機の系統の変遷について
小型飛行機(戦闘機)用機上無線機
99式飛3号無線機 https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/095059
99式飛3号無線機は96式の性能を相当改善向上したものであるが、なおその装備と取扱とに細心注意となければ、機上雑音の大なるし周波数の変動の激しいとにより定格通話距離を確保することが難しく、実用価値乏しきの憾(うら)みがあった。然るに他方一式戦闘機-軽戦闘機と重戦闘機との中間物、所謂中戦闘機-及びそれ以後の重戦闘機に於ける戦闘法の一大転換に伴い所要通話距離が著しく増大した。かような次第で新たに4式飛3号無線機の制定をみることとなった。本機は周波数の変動を極端に抑制する如く構造し且つ出力を倍加したものであって、戦隊戦闘の必要は困難ながらこれを充たすことが出来た。但し機上雑音防止問題を解決しなければ、戦闘飛行団戦闘、戦闘(防空)飛行団戦闘の要求(所要通話距離50粁)は到底これを満足させ得ない状態であった。

送信機は、海軍の96式空1号無線電話機(試作会社は沖電気と思われるが)の回路構成がほぼ同一であり、本機の製作会社には、東洋通信機株式会社も参加していることから、飛3号無線機の試作会社はそのノウハウを利用した東洋通信機のものが採用されてものと思われる。
 

なお、受信機については、海軍の96式空1号無線電話機の受信機は適切な真空管を用いた優秀な通信型受信機であったが、陸軍ではドイツの影響を受けた万能菅の思想を受けた要求仕様が影響したのか、本機受信機には特殊なUt-6f7のメタル管US-6F7(日本独自管)を採用したため、保守運用は改善しているが受信性能は海軍の96式空1号無線電話機よりは低下している。
東芝のUS-6F7及び同型菅の日電(住友通信)のMC-804-A
 


したがって、総合的には、海軍の96式空1号無線電話機よりも陸軍の飛3号無線機のほうが性能は劣っている。
海軍の96式空1号無線電話機についてはパイロットから大変不評でたったように、やはり同規模の性能(出力7W程度)の陸軍の飛3号についても、ウィキペディア 「一式戦闘機」の無線の項に記載されているように陸軍のパイロットから評判が良かったわけではなさそうだ。
96式空1号無線電話機、飛3号無線機とも、編隊通信の通達距離は20km程度が安定的な運用の限界と思われるので、この通達距離内での編隊機同士の専用の無線電話機として活用を考えるべきであった。
しかも、送信機が非力であることを逆手にとって、無線封止の中でも、逆に編隊内通信は可能ということであったということを、航空部隊幹部が理解できていないことに問題があったのではないだろうか。

4式飛3号無線機 https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/095748
次に、4式飛3号無線機では、生産向上対策として、受信機の使用周波数範囲を4Mcから6Mcのみに限定し、受信機の使用真空管もメタル管US-6F7(日本独自管)を廃して、通常のST管のUt-6f7に変更している。
ST管のUt-6f7(3極5極複合管)
 


送信機は真空管UY-807A×2本から1本増設し、パワーアップをはかっている。
ただし、運用配置は、99式飛3号無線機と同様となっており、運用的な改善には至っていない。

ム-4 https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/095748
最後のバージョンであるム-4では、飛3号無線機を根本的に見直し、さらなるパワーアップを計っている。
送信機は専用の出力管をUY-807A×2本とし、新たに変調機を設けUY807A×2本を用いた終段C級終段陽極遮蔽格子同時変調を行い、本格的な無線電話運用が可能となった。
送信管UY-807A
 

受信機も4式飛3号無線機のST管のUt-6f7×4本から1本増設し、受信機機能の強化を図っている。
更に、今までの受信機をコックピットのフロントに配置した運用を見直し、完全な遠隔操作が可能となるように接続筐の機能改善を行っている。
これにより、送信機、変調器、受信機はパイロット席の背部に、機体へ直付けの直接設置方式、筐体はアルミ製から薄い鉄板に変更するなどの生産効率の改善が図られている。
これでやっと、米国並みの戦闘機用の電話無線機が完成したこととなったが、時期的には昭和20年当初以降の事と思われるが、ム-4に関する公式資料は全く存在しない。
なお、本機の製造会社は東洋通信機株式会社である。
ム-4の全体構成システム
 

リモートコントロール用の接続筐(海軍では管制器)
 

 

陸軍航空部隊地上通信部隊
地2号無線機・受信機の運用状況
 

参考に、平成3年(1991年)12月15日の中国新聞社の読者投稿欄に投稿された「今も耳に残る特攻隊の叫び」を掲載する。



その他気付き
写真の飛燕は戦時か敗戦後か時期は不明であるが米軍によりテスト飛行のためコックピット内の計器には英語表記が追記されており、飛3号の受信機の下部に米軍のDETROLA受信機(表面にTOWER-2との表記がある)が追加装備されている。
この事実から、米軍のテスト飛行では本機の飛3号無線機を使用してテスト飛行をしたことがうかがえる。
ただし、無線機故障対策として、米軍のDETROLA受信機を追加しているようだ。
米軍が日本の航空機をテストする時には、真っ先に日本の無線機を取外し、米軍のものと交換するとの記事を多く見るが、事実は全く異なるようだ。
この1枚の写真から、当時の日本製の無線機の信頼性が低かったわけではないことが良く分かる資料である。
なお、本飛3号無線機の受信機は周波数帯変更のためのコイルパックの交換用にU取手があるので、99式飛3号無線機でも初期型のものと推定できる。

DETROLA受信機の解説
https://minouta17.hatenablog.com/entry/2020/01/27/161827
 

 


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参考文献
丸 2020年9月号 日本陸海軍「航空機用無線機」発達史 野原茂
日本無線史」9巻 1951年 電波管理委員会
岐阜かかみがはら航空宇宙博物館
銘球列伝 http://totron.sakura.ne.jp/index.htm
ウィキペディアWikipedia)』三式戦闘機
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%BC%8F%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F
ウィキペディア 一式戦闘機 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%BC%8F%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F