日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

国際電気通信株式会社

国際電気通信株式会社
国際電気通信株式会社社史(1949年発行)から軍需関係を抜粋する。
第3章 研究と製作
3.1.1 無線関係
1)機器関係
a)超短波多重機器
昭和16年、日満ケーブルの不時の障害に備える目的で簡易な超短波多重機器の研究を開始し、同年10月朝鮮海峡横断試験を行い良好な成績を収めた。
これはのちに逓信省で青函連絡に用いられていた甲型に代わり乙型として採用し、狛江工場で量産されたものの前身である。
この型は東京から八丈島間で防空用として実用され、又東京-福岡、東京-仙台回線等に使用され超短波多重機器としては最も使用されているものである。
b)戦闘機嚮導装置
太平洋戦争中陸軍の委託研究によるもので、関東地方防空設備の一貫としての味方戦闘機の嚮導装置、地上指揮伝達装置を含む膨大な研究であって部分的には完成したものもあるが、全体としては纏まらず終戦となった。
c)超短波機器
その他の超短波機器としては「はと」(120McFM方式)、「かもめ」(140Mc副搬送波変調方式)、電波高度計(10-500m測距用)等が研究されたが、何れも実用化に至らずに終わった。

日本無線史<第一部> 昭和47年2月発行からの抜粋
B国際電気株式会社(国際電気株式会社狛江工場)
戦時中の主要製品は以下のとおりである。
20Kw短波電信、電話または両用送信機 10台
1Kw、2/5Kw、10Kw、50Kwなどの送信機 20台
送信用電話調整盤 11台
固定局用短波受信機 190台(A型換算)
電界強度測定器 18台
超短波中継用送信機、受信機 222台
レーダおよびビーコン用超短波送信機 27台
雑音測定器 170台
昭和19年9月陸軍より小型超短波管ME664生産の要請もあり終戦時ようやく稼働したが、戦後受信管を少量産しただけで終わった。
エ 戦時中の軍用機器の開発と製造
(3)タチ28号戦闘機嚮導装置
同社技術研究所が陸軍多摩研究所の委託で取りまとめた防空施設である。
味方機の連続発射する70Mcを白浜・水戸・川名などで回転アレイ空中線で受信しその出力を空中線の回転情報とともに乙型送受信機約30組を用いて、箱根・筑波で無線中継して松戸の中央装置に集め計算処理してブラウン管に表示した。

文中の無線機の型式と機器詳細について
戦闘機嚮導装置          陸軍 タチ28とタキ30
 
参考文献
本邦軍用無線技術の概観 大西 成美
日本無線史 第九巻 電波監理委員会
日本無線史<第一部> 昭和47年2月発行
国際電気通信株式会社社史(1949年発行)