日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

比島方面に於て鹵獲せる米軍無線機に就いて

無線と実験昭和17年12月号からの抜粋です。
比島方面に於て鹵獲せる米軍無線機に就いて
                             第五陸軍技術研究所
                             陸軍兵技中尉 柳川 

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1.緒言
この度技術部隊の一員として従軍中、約1月半に亘り比島方面に於て皇軍が鹵獲せる無線機、通信施設等を調査した。
これらのものは米軍がバタン半島島、マニラ湾口要塞等に於て使用したもので、その種類、数量共に非常に多く、本誌8月號に丹羽大佐が記載された昭南島に於ける英軍通信機に匹敵するものがある。
以下概観的にこれらのものにつき紹介しよう。
2.マニラ湾口要塞における無線施設
マニラ湾口要塞は我々に最も印象の深いコレヒドール島を基幹とし、カバロウ、カラパオ、フライレ(軍艦島)の四島を以て成つて居るものである。
これらの各島の中で最も大きく、且つ無線関係諸施設があったのはコレヒドール島である。
原則として、要塞外に対する連絡は海底線によるのであるが、無線も相当に使用された。
また盛んに行われたデマ放送も、本島の固定無線施設によったものである。
これらの無線施設は米海軍に属するもの、陸軍に属するものがあり、いづれも地上に設備されてあった。
我が軍の空襲を受くるに至って急ぎ地下トンネル内に移動されたものであるが、我が軍の占領直前に施設の大部分は米軍のため破壊されてしまった。
特に陸軍関係のものは殆ど跡形もなく、受信装置は全部焼却され、残る鉄架豪のみの状況であった。
しかし、幸に海軍に属する送信機は大体残って居った。
総数10機あり、いづれも地下トンネル内の片側に一列に並べられ、その反対側に電源用の電動発電機が置かれてある。
このトンネル内の室は冷房装置が置かれ、照明は近頃日本でも出はじめた白色蛍光燈を使用して居る等、仲々贅沢なものである。
送信機は、大型のものは空中線出力5キロワット程度、小型のもので100ワットくらいである。
これらの送信機の対所は豪州、ホノルル、重慶、マリベレス及び対艦船等で、その外に前に記したように100ワット送信機でデマ放送を行っていたのである。
調査前にはコレヒドール島に米本国のルーズベルトと直接電話連絡ができる装置があるとの噂があったが、実際はホノルル経由で行ったものである。
これらの送信機はいずれも相当新しい製品であったが、格別技術的に紹介する箇所もない。
受信装置は多くは商用の全波受信機を使用したもので、ハリクラフターのものも数多くあったらしい。
受信機の総数は20豪ぐらいとのことである。
空中線は送受信共にビーム空中線を使用せず、送信用にはT型(饋電点を水平部中央より移動して整合せしめ、垂直部には定在波を立てぬようにしてある。)、受信用にはT型またはロンビック型が使用されていたものである。
また各島間及び島内の連絡、指揮は有線で行われていたが、緊急用として無線機は使用された。
これにはT.C.O.型と称するものが最も多く、電話専用の無線機である。(第1図)
簡単に性能、諸元を示すと次の如くである。
周波数範囲 2000kc/s~3000kc/s
電源    交直両用
送信出力  約20W
 
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水晶制御方式で、6個の水晶片を自蔵するようになって居り、周波数の切換は図より見られる如くパネル面から行われる構造となって居る。
※補足資料 本機はCoast Guard Modelとのことですが、詳細は不詳
 
尚、通信機ではないが、本島の大体中央部爾端に近い高所の3点に、超短波を利用し、飛行機の位置測定を行う、例の「ラジオロケーター」が設置せられてあった(本誌10月號所蔵の写真)。
これらは高射砲に連結されて相当に活躍したらしい。
また、この「ラジオロケーター」と同様な構造のもので、飛行機の飛来を予知するための設備がされてあった。「ラジオデテクター」と呼称されていたものであるが、大体100マイルくらい先までの飛行機を発見し得る性能を有して居るものである。
この装置も殆んど米軍により破壊され、大体様相が知り得られる程度に残ったのは空中線のみといった状況であった。(第2図、第3図)
 

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 以上のラジオロケーター及びラジオデテクターは、各種資料調査、捕虜の尋問、現物についてり研究等の結果、その性能、動作機構等殆ど全貌を明に知り得た。
英軍にもこれと同様なものがあった。
各国とも盛んに研究して居るものであるが、米軍捕虜曰く「これはすでに新兵器ではない!!米国にはこれよりも優れた新型のものがある」これらの事柄に関しては、別に友納中尉が詳細に紹介する筈になって居るから、茲ではこのくらいで止めておかう。
話は横道に入るが、これらの調査に捕虜を使用してみた驚いたことは、実に彼等がなんでも説明することであった。
昭南島に於ても若干捕虜は使用したが、英人は殆ど話さない。
全くシブトイ感がした。
一向何事も「知らぬ、存ぜぬ」で押通すが、これに反して米人は積極的に話す。
当方が気づかぬと向ふうが注意して説明するといふ有様である。
国民性の相違といふのか、我々日本人には一寸心理状態が判らぬ、朗らかで愛嬌の良いことも非常なもので、つひこちらも敵国人、捕虜の感を失ひ、一緒に笑ひだすことも少なくなかった。
一見、何の苦労もないように振舞って居る。
「我々は軍司令官の命により降伏し、捕虜になったのだ。義務は十分果たした。名誉の捕虜である」・・・これが彼等の英米流の考えであり、心理状態であろう。
かかるが故に彼等は朗らかであるのであろうが、我々から見ると、自己の義務に限定を興へ、これを遂行すれば後は国家が如何になろうと構わはぬとは思われるような彼等の心情には、むしろ憐れさへ覚ゆるではないか。
3.移動式軍用無線機
鹵獲した無線機の中で移動用ものは新型、舊(旧)型合して20数種になるが、これらの中から比較的新型のものについて若干諸元、性能等を記載しよう。
種々の関係で公表の自由を持たぬ箇所もあり、詳細には書き得ないため断片的となり、チグハグとなり勝であるが、予め御了承願いたい。
先ず、これらの無線機の概括的な特徴を挙げてみると
(1)一般的に機械的に頑丈であるが、その反面、容積大で重量も大きい。
(2)同調方式として可変蓄電器を使用せず、可変誘導によるものが相当に多い。
(3)同調周波数を直接ダイヤルに刻示してあるものが相当多い(曲線表を使用しない)
(4)水晶制御をあまり使用しない。
(5)空中線は構造簡単な垂直型が大部分である。
(6)回転部分の機構が一般的に巧妙で、且つ回転の円滑なものが少なくない。
(7)製作年次の古いものが相当多数ある。(フィリッピン軍が主として使用した。)
等である。
これらの中で代表的なものの名称と用途を示すと
(1)S.C.R.(Signal Corp of Radio)163型無線機 地上または馬上用
(2)S.C.R.178型無線機 空地連絡用
(3)S.C.R.430型無線機 航空機用
(4)S.C.R.193型無線機 車輛用
(5)S.C.R.194型無線機 携行用
(6)S.C.R.197型無線機 車輛用
(7)S.C.R.245型無線機 車輛用
(8)超短波送受信機   携行用
(9)送受信練習機
等がある。
これらのものにつき簡単な解説と諸元、性能を記載すると
(1)S.C.R.163型無線機(第4図)
馬上または地上に迅速に開設できるように構造されたもので電信専用である。
周波数範囲 3820Kc から 4180Kc
使用真空管 VT-25 2個
      VT-24 4個
空中線   垂直形 長さ6m
電源    手廻発電機
主としてフィリッピン軍が使用したもので、性能はあまり良好なものではない。

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※補足資料 https://www.radionerds.com/index.php/SCR-163
 

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(2)S.C.R.178型無線機 空地連絡用(第5図)
空地連絡用に使用したもので電信・電話両用である。
これも主としてフィリッピン軍が使用したものである。
周波数範囲 2400Kc から 3700Kc
使用真空管 (送信)VT-25 1個
          VT-55 1個
      (受信)VT-27 2個
          VT-54 2個
空中線   垂直形 長さ6m
電源    手廻発電機

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(3)S.C.R.430型無線機 航空機用(第6図)
元来航空機用の機械であるが、地上に於て使用していたものである。
電信・電話共可能で、性能、構造等参考になるところがある。
周波数範囲 200Kc から 7700Kc
使用真空管 (送信)VT-25 2個
          VT-52 2個
      (受信)VT-49 4個
          VT-37 1個
          VT-38 1個
送信出力  約10W  
電源    直流24V

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※ 補足資料
SCR-430では該当資料はありませんが、同型に近い機種を参考に掲載します。
なお、SCR-430の型番がこの時期のものとしては合致せず、誤りの恐れがあります。
米海軍 RU-3  https://www.radionerds.com/index.php/RU-3#mw-head
 

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米海軍 RU-17  https://www.radionerds.com/index.php/RU-17#p-search

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なお、大戦で使用された後継機がSCR-274と思われます。
 
(4)S.C.R.193型無線機(第7図、第8図)
車輛用として作られたもので新型である。
本機は“Tuning unit”と称し発振、増幅等の各同調部分を全部を1個のブロック内に収容したものを持って居り、周波数変更のときにはこのユニットを交換して居る。
周波数範囲相当広く、これを8個のユニットに分割して居る。
周波数範囲 1500Kc~1,8000Kc
使用真空管 (送信)VT-25 1個
          VT-40 1個
      (受信)VT-86 3個
          VT-87 2個
          VT-88 1個
          VT-66 1個
          VT-97 1個
電源    交流220V、または直流12V
 

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※ 補足資料 TM11-273 

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(5)S.C.R.194型無線機(第9図)
本機は超短波を使用する電話送受信機で、携行して運航中使用可能なるものである。
周波数範囲 27Mc/ から 52Mc
使用真空管 (送信)VT-33 1個
      (受信)VT-67 1個
電源    乾電池

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※ 補足資料 https://www.radionerds.com/index.php/SCR-194#p-search 

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(6)S.C.R.197B通信車(第10図、第11図)
図より見られる如く車載装備した移動通信所で、車両を以て1組となして居る。
受信機は3機装備して居る。
周波数範囲  1500kc/c から 1,8000kc/s
空中線    垂直 40ft 

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 ※ 補足資料 https://www.radionerds.com/index.php/SCR-197#mw-head 

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(7)S.C.R.245型無線機(第12図、第13図)
車載用無線機で米軍の新型である。
水晶制御方式を使用して居る。
通達距離は車輛運航中に於て電信25マイル、電話15マイル、停止中に於ては電信45マイル、電話25マイルと称して居る。
尚、本機は低周波変調電信をも可能なるように設計されて居る。
周波数範囲 2000kc/sから4500kc/s
使用真空管 VT-62 2個
      VT-63 3個
空中線   垂直 6m
電源    直流12V
送信出力  約20W

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(8)超短波送受信機(第14図)
米海軍使用のもので、性能は相当優秀である。
前記S.C.R.194型より軽量で、機能も良好のようである。
周波数範囲 28Mc/sから80Mc/s
使用真空管 海軍型 30  1個
          1E7G 1個
          958  1個
          959  1個
電源    乾電池
空中線   垂直型

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※ 補足資料
型番が明示されていないので型式が特定できませんでしたが、米海軍のCRI-43044かもしれません。

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4.結言
以上甚だ断片的な解説となったが、これら通信機について軍事的な見地から概観的に見たところでは、特に「成る程」と思われるように感心したものはなかった。
しかし、純技術的に見て、これらの通信機が我が国のものに比して、少しも優れて居らずと断定するものではない。
軍用として具備すべき要件は、国情とか、国民の素質、体力、予想されるべき線条の状態等により異なるものであるから、米軍にとって優秀なる兵器必ずしも他国にも適用できるものではない。
これらの鹵獲通信機が方式、構造等について、特に参考とすべき点がないにしても、この内に使用されて居る部品とか、特に各種の材料等の、地味ではあるが実際に於て頼る重要な諸点に於て、有益なる参考資料となるところなしとしない。
赫々たる皇軍の戦果が、稍もすると彼等の兵器を劣悪なるものの如く思はしめ甚しきは彼等の工業力までも軽視するの危険が一部にはないわけではない。
しかし、現況は英米の技術、工業力、またこれらの根源をなす自然科学の部門に於ては、即ち彼等の宣伝ばかりでなく、我に一日の長あることは否めない事実である。
英米を恐るることは毫もないが敵を知り己を知るは古来よりの戦捷の要諦である。
故にこれらの鹵獲兵器を通じて彼等の現況を知るの一部となし、且つ我が関係工業界の他山の山となすの著意を必要とするものである。
大東亜地域に於ける戦闘は一段落の感あるも戦力の中枢をなすのは科学工業力、技術にあると宣ふも過言ではない。
技術家の責務、今日より大なるものはないであろう。
技術家の奮起すべき秋である。
英米に勝ち抜くための覚悟を一層新にして、玆に拙文を終わることとする。
終りに本記事中の通信機の写真は、比島派遣軍通信隊の撮影せるものなることを附記する。(終わり)
 
 
考察(令和2年2月18日 記)
日米開戦時における米軍無線機については、すでにWWⅡによる対英支援のため無線機についても新機種の開発が完了し、生産、配備も順調に実現されていたようです。
このことは、対日防衛のためにフィリピンの防衛のためレーダーや新機種の無線機も配備されており、旧式無線機は現地フィリピン軍に提供されていることでよくわかります。
比島方面に於て鹵獲せる米軍無線機に就いて、第五陸軍技術研究所の陸軍兵技柳川中尉の報告にも以下のようなものがありますが、  
先ず、これらの無線機の概括的な特徴を挙げてみると
(1)一般的に機械的に頑丈であるが、その反面、容積大で重量も大きい。
(2)同調方式として可変蓄電器を使用せず、可変誘導によるものが相当に多い。
(3)同調周波数を直接ダイヤルに刻示してあるものが相当多い(曲線表を使用しない)
(4)水晶制御をあまり使用しない。
(5)空中線は構造簡単な垂直型が大部分である。
(6)回転部分の機構が一般的に巧妙で、且つ回転の円滑なものが少なくない。
(7)製作年次の古いものが相当多数ある。(フィリッピン軍が主として使用した。)
等である。
最後の結言では、検閲を意識してか日本の無線技術も互角であるような書き方をされていますが、本音が書けないもどかしさを文章のあちこちで微妙に感じる次第です。
その上で、米軍無線機の特徴を見事に分析していますが、大戦中に、この特徴を日本側に生かすことはありませんでした。
戦後は旧軍の無線機性能の悪さの反動なのか、陸自の無線機は独自開発(独自開発はやられたようだが殆ど成果はなかったようです)をせず、米軍の無線機のライセンス生産で満足する組織となり下がったといえるでしょう。
 
参考文献
本邦軍用無線技術の概観 大西 成美
無線と実験 昭和17年12月号 誠文堂新光社
軍用無線機解説 石川俊彦著