日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

陸海軍共同迎撃システムの誘導実験の考察の再検証

陸海軍共同迎撃システムの誘導実験の考察の再検証
戦記・手記の「回想の横空夜戦隊 黒鳥四朗 2012年1月 光人社」の著書に、陸海軍共同迎撃システムの誘導実験の記載があったことから、過去にその考察をしましたが、今回この根拠資料となる「戦闘詳報 第2号(夜間邀撃戦)自昭和20年4月1日昭和20年4月30日」をアジア歴史資料センターで発掘しましたので、再検証するこことしました。
まずは、戦記のベース資料を紹介します。
陸海軍共同迎撃システムの誘導実験
回想の横空夜戦隊 黒鳥四朗 2012年1月 光人社 抜粋
誘導実験(p113)
昭和20年2月末のころ、隊長が指導する藤沢電探基地(※海軍電測学校もあり、電探の拠点基地)と、横須賀海軍航空隊の私の乗機「月光」に装備した電波発信機(※接敵用海軍航空機搭載レーダー;18試空6号無線電信機(FD-2))とによる電波誘導実験が実施されたが、なかなかうまくいかなかった。
原因は月光の電波発信機の不調が要因だったようで、中止の指令が出た。
この電波誘導実験は電波発信機が不調のため、方式を変更。
横空が神奈川県茅ケ崎に出した派遣隊に、陸軍が開発した味方識別・位置測定用の電波誘導機タチ13号と、海軍の高度測定用6号1型電波標定機を設置して、「月光」との連携による無照明戦闘の実用実験へと進んだ。
茅ケ崎派遣隊が敵位置のデータを無線電話で「月光」へ送り、「月光」は該当空域へ移動ののち、装備する18試空2号無線電信機2型/FD-2機上邀撃レーダー(※制式名称は18試空6号無線電信機(FD-2)機上用接敵レーダー)で、B-29を捕らえる、という手順である。
4月2日工藤重敏飛曹長と市川通太郎少尉が搭乗するヨ-103号機が、東京・八王子上空で敵機の反射波を陰極線表示管に捕らえたが、目視可能域まで到着できなかった。
 
まずは、関連する根拠資料の戦闘詳報をPDF版で紹介します。
戦闘詳報 第2号(夜間邀撃戦)自昭和20年4月1日昭和20年4月30日
 
本戦闘詳報での重要ポイントを下記に抽出します。
(一)作戦方針
当隊任務ノ関係上月光ノ一部ヲ以テ茅ケ崎派遣隊(電探誘導所)ノ電探誘導ニテ照射戦闘ヲ独部ノ月光彗星ノ全力ヲ以テ照射戦闘ヲ企画ス
4月2日 晴 0225 第一小隊(月光2機)発進
「ミスト」アリ 雲量二 0234 0255 第二小隊(彗星1機)発進
第一小隊二番機八王子附近ニテ電探ニ感度アリタルモ捕捉スルニ至タズ
第二小隊ハ東京上空ニ照射中ノ敵ヲ見ルヲ捕捉スルニ至ラズ
4月13日
天晴雲 「ミスト」アリ 視界2粁
2330 第一小隊一番機(月光)1機発進セルモ発動機不調ニヨリ引返ス
2021 第一小隊二番機(月光)1機発進
茅ケ崎派遣隊ノ電探誘導ニ依リ勝浦東方ノ敵ニ撫敵ヒルキ敵ハ月光ノ迎撃ヲ知リ遁走セシ勝浦南方ノ敵ニ撫敵セルモ発見スルニ当ラズ
4月15日
晴 雲量0 「ミスト」アリ
2225 第一小隊2番機発進
無線連絡不良ノ為照射戦闘ヲ実施ス
七.記事並ニ参考
茅ケ崎派遣隊電探誘導法
113号電探ニテ的ヲ測定シ味方誘導機(たち13号及びたき15号)ニテ味方ヲ測定シ、空域誘導盤ニテ飛行機ヲ誘導ス(敵高度ハ情況判断シ主トシ一部61号電探ヲ使用セリ)
九.戦訓並ニ所見
(イ)電探誘導戦闘ハ未タ戦果ヲ収ムルニ至ラズ 敵ニ脅威ヲ興ラル点有効ナルモノト認メラルモ、更ニ各種兵器ノ改善ニ依リ此ノ種戦闘法確立ノ要アリ
参考 左記兵器ハ早急ニ戦力化ノ要アリ
19試空2号電波探信儀
試製6号1型電波探信儀
味方誘導機
(ロ)今回ノ如キ照射戦闘ニ於テハ月光ノ甚キ相当ノ成果ヲ収メ得ルヲ以テ大多数ノ夜間戦闘機ヲ以テ照射戦闘ヲ実施セバソノ成果大ナルモノト認ム
(ハ)夜間戦闘機ノ全能力充分発揚セシメント為セバ地上防空砲ヲ統制ノ要アリ
 
戦闘詳報の文中の呼称の電波兵器を以下解説します。
照射戦闘 (手記からFD-2機上邀撃レーダー)
海軍 18試空6号無線電信機(FD-2) 

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113号電探
海軍 2式1号電波探信儀1型改3

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味方誘導機(たち13号及びたき15号) 空域誘導盤
陸軍 タチ13-タキ15

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なお、空域誘導盤の詳細は不明です。
61号電探
海軍 6号電波探信儀1型 S8b

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19試空2号電波探信儀
海軍 19試空2号電波探信儀11型(Tama-3)

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全体システム構成の概要図です。
陸海軍共同迎撃システム

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簡単にシステム運用を説明すると、まず海軍の早期警戒レーダーで敵機を遠距離から方位と距離を捕捉すると、陸軍の地上のタチ13レーダーで味方機(月光)を捕捉すると機上(月光)に搭載されているI.F.F.(トランスポンダ)であるタキ15が応答電波を発信し、味方機の方位と距離を測定する。
この図では、省略されているが、敵機が近づくと海軍の6号電波探信儀1型 S8bが敵機の高度測定を行う。
これで、敵機の方位、距離、高度の3次元情報が判明すると、味方機にこの情報を無線電話で連絡するこことなる。
味方機は機上の18試空6号無線電信機(FD-2)を照射し、敵機を捕捉し撃墜を目指すことになる。
なお、味方機誘導のための空域誘導盤がどのように使用されたかは情報がなく不明である。
陸軍の提供分抽出

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 海軍呼称の「空域誘導盤」は、陸軍では「観測器指示機」「計算装置」「指示伝達機地上装置」の一部の装置のことのようです。
 
本戦闘詳報から分析
陸海軍共同迎撃システム図から“敵高度ハ情況判断シ主トシ一部61号電探ヲ使用セリ”とあり、高度測定用61号電探は実用不足であり、戦訓並ニ所見では「早急ニ戦力化ノ要アリ」とされている。
FD-2機上邀撃レーダー(18試空6号無線電信機)は実用性が低く、戦訓並ニ所見では、19試空2号電波探信儀(玉-3)の実用化の方に期待している。
その他のレーダーについては記述がないことから、早期警戒レーダー2式1号電波探信儀1型改3、陸軍提供の味方誘導機タチ13-タキ15の機能には特段問題がなかったものと判断できる。
 
関連資料
[a2] 「日本無線史」10巻 1951年 電波管理委員会
味方識別装置
昭和十六年夏、伊太利海軍からの情報により、英海軍で電波探信儀に味方識別装置が使用されていることが判り、我が海軍でも研究し、昭和十七年夏には試作装置が完成し、性能実験の結果、応答率100%でなく、実用とはならなかった。
その後種々の案に就き研究を進めたが完成しなかった。
しかるに昭和十九年秋に至り、敵側が味方識別装置を盛んに使用していることが通報され、敵側の実物が手に入れられたので、これを参考として設計が進められ、翌二十年一月には実用に供し得るものが試作されたが、戦局は急激に悪化し、本装置の必要性も減退し、遂に実用に至らなかった。
戦闘機誘導装置
本問題は陸海軍電波技術委員会に於いて、陸軍担当と定められていたものであるが、海陸両軍の飛行機性能の差異と、防御受持区域の相違とから、海軍に於いても本問題の解決を必要とするに至り、横須賀鎮守府を中心とした、B-29邀撃に関する特別委員会が組織され、検討の結果、対敵測定用としては、波長六米の電波を使用する一号電波探信儀四型を用い、敵機を洋上遠方に捕捉し、波長三米の電波を使用する一号電波探信儀一型を、等感度方式に改造したもので(これが六三号電波探信儀・浜六三か?)、これを追尾し、近距離となれば波長六〇糎を用いた六一号電波探信儀(略称S8B、二号電波探信儀三型の反射鏡を直径七米に改造したもの)を以て、距離(最大探知距離一三〇粁、標定距離三五粁、測距誤差正負二〇〇米)及び高度(測角精度上下三度、最低仰角三度)を計測し、これを計算機に入れて、敵機の高度及び進路を算出する。
又味方機測定としては波長二米の電波を用いた六二号電波探信儀(浜六二、一号電波探信儀三型を等感度方式に改造したもの)に依って呼び掛け、機上の味方識別装置からの応答電波に依りその位置を知り、高度は機上からの通報に依り、これらの資料から敵味方の会合点を求める方式であった。
急遽整備の要求に依り、既製兵器を改造し、昭和二十年三月第一号装置の装備を完了し、実目標(敵機)に対する訓練を実施した。
しかし戦況の逼迫はそれ以上大規模に実施する能わず、量産に移らなかった。
 
参考文献
[a1]  Reports of the U.S. Naval Technical Mission to Japan, 1945-1946
[a2] 「日本無線史」10巻 1951年 電波管理委員会
[a4] 「元軍令部通信課長の回想」昭和56年 鮫島素直
[e15]  世界の傑作機 海軍夜間戦闘機「月光」 分林堂
[e18] 日本陸海軍夜間戦闘機 モデルアート10月号臨時増刊 平成13年10月発刊
回想の横空夜戦隊 黒鳥四朗 2012年1月 光人社
誘導機整備教程第1巻 タチ13号1型 アジア歴史資料センターリファレンス番号:A03032156800
海軍 18試空6号無線電信機(FD-2)
http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022302.html
海軍 2式1号電波探信儀1型改1、2、3
http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022310.html
海軍 6号電波探信儀1型 S8b (Mark 6, model 1)
http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022324.html
陸軍 タチ13とタキ15
http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022261.html
海軍 19試空2号電波探信儀11型(Tama-3)
http://minouta17.livedoor.blog/archives/18022304.html