日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

陸軍航空機のT式方向探知機(AN方式)器材の解説について

陸軍航空機のT式方向探知機(AN方式)器材の解説について

飛3号無線機を調べていると回路図の接続筐に1号航路標識受信機への接続インターフェースが記載されていることに気付いた。
99式飛3号無線機(2型)の回路図
 

以前ネットで航路計なるメーターを目にしていたことと、陸軍の航空機搭載用の型式不明の方向探知機を昔所有していたので、今回あらためて陸軍航空機の方向探知機に関する調査を行うこことした。
とはいっても、方向探知機など現代社会では完全に絶滅危惧種だろうが、昭和の生き残りのものとして、最後のあがきに記録資料として留めておくことにする。
航路計
 


飛2号方向探知機の初期型(?)
 

まずは、戦史叢書 陸軍航空兵器の開発・生産・補給 防衛庁防衛研修所からの抜粋する。
無線航法器材
地上用及び機上用方向探知機に次いで実用化された無線航法器材は、航法用送信機と盲目着陸装置であった。
航法用送信機は地上に設置して、A1電波を発射し、機上用方向探知機がこの電波を測定して飛行方向を決定するための航法用器材で、空中線電力を異にする2種類が制定された。
盲目着陸装置は、既に昭和10年ころ独国ロレンツ社製のものを購入し、同社技師指導のもとにまず狭山飛行場に設置して試験したことがあったが、これを原型として、昭和15年日本無線株式会社が国産化した。
本装置の地上装置はラジオビーコン、着陸信号送信機及びこれらを遠隔操作する中央指令装置から成り、機上装置はラジオビーコン受信機、着陸信号受信機から成っていた。本装置は北海道方面に配置されたものの、航空部隊全般の計器飛行能力が伴わなかったので、あまり利用されなかった。

次に、公式資料である日本無線史9巻からの航空機用の方向指示関係器材を以下に抜粋する。
1.航法用1号無線機
本機は地上に設置してA1電波を発射し飛行機上にある飛1号方向探知機乃至飛3号方向探知機に依り電波を測定し方向を定め飛行方向を決定する航法用器材の1つである。
1.送信機(水銀蒸気整流器附)
方式 水晶発振-電力増幅
周波数範囲 265-1,500kc
空中戦電力 5kw(A1の場合)
電波形式 A1
2.空中線
形式 逆L型
柱高 必要に応じて定める

2.航法用2号無線機
本機の用途は航法用1号無線機
と同一である。
1.送信機(水銀蒸気整流器附)
方式 水晶発振-三段増幅
周波数範囲 265-1,500kc
空中戦電力 1kw(A1の場合)
電波形式 A1
2.空中線
形式 逆L型
柱高 必要に応じて定める

3.飛1号方向探知機(大型機用)
https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/110530

受信機
方式 高周波増幅1段-周波数変換-中間周波増幅2段-オートダイン検波-低周波増幅2段
周波数範囲 550-1,200kc(1型)
      160-375kc  550-1,300kc(2型)
空中線
中径40糎(センチメートル)のループ
電源 直流変圧器
入力 24V 2.9A
出力 200V 40mA
   13V 1.8A

4.飛2号方向探知機(中型機用)
https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/111052
受信機
方式 高周波増幅1段-周波数変換-中間周波増幅2段-オートダイン検波-低周波増幅2段
周波数範囲 200-375kc 550-1100kc
空中線
中径20糎(センチメートル)のループ
電源 直流変圧器
入力 24V 2.4A
出力 100V 40mA
   13V 1A
本機の外に飛3号方向探知機(本機の受信機に空中線として)中径10糎(センチメートル)の円筒状ループを有するもの)を小型機用として使用する如く制定したが遂に実用するに至らなかった。従って本機は小型機用にも使用された。
本機の空中線は流線形絶縁体の中に納められ飛行機機体外に装備された。

日本無線史の資料だけでは、航法用無線機がA1電波を送信し、その電波を航空機搭載の方向探知機が受信してホーミングの方向を決定するという大変アバウトな内容しか理解できない。そこで、ネット検索すると以下の2つのキーワードにつきあたった。
1.ドイツから輸入したテレフンケン社の機上方向探知機EZ-2を手本として開発
2.陸軍航空機の方向探知機はAN方式を採用

この結果、陸軍の方向探知機の中核技術は、AN方式ということになるが、ネットではこれ以上の情報はないようである。
そこで、昭和16年発行の無線工学ポケットブックを参照すると、テレフンケン会社の方式として方向探知方式とし、AN方式の記載があった。
 


以下文書にすると以下の通りである。
a.テレフンケン会社の方式
第24・71図に示す如く枠形空中線に垂直空中線効果を加え、その位相を転換器によって交互に逆転するものである。これによって第24・72図に示す如く2個のハート形受信特性が出来るから、この切換をA(- -)N(- -)の符合に従って行へば等強度線の方向から電波が到来した時連続音を聞き、これより左又は右にずれることによってA又はN音を聞くから、聴覚によってAN式帰還装置となる。又この切換を毎秒10回程度とし、出力直流電流計の極性を同期的に逆転すれば可視式となる。
通常状態では枠形空中線はその面が機体の方向と直交する位置に固定されるが、これを回転して方向探知を行うことも可能である。然し機械式切換装置を有するために切替時にクリックを発生し易い欠点がある。
本方式の代表的なものはテケフンケン会社製P-55N帰還装置で、その全重量は約27kgである。
 

この説明でANとはモールス符号の“A”と“N”のことだとやっと理解できた。

方向探知機の原理

飛2号方向探知機の回路図
 


回路図から枠型空中線と補助空中線の関係、使用区分として、以下の受信、A/N、∞の3モードがあるようだ。
受信モード:一般の放送や無線通信を受信モード(枠形空中線の切替なし)
A/Nモード:方向探知モード(枠形空中線の切替を行う)
∞モード:単一方向決定モード(枠形空中線に補助空中線を接続する)
上記から情報を総合的に判断して方向探知機の全体概要を解説するこことする。
航法用1号無線機、航法用2号無線機は、ホーミング用の電波発信源とし2ヵ所設置し、1つにはモールス符号のA(ト、ツー)を自動発振し、もう一つではモールス符号のN(ツー、ト)を自動発振する送信源として距離をあけて2局ほど設置する必要がある。
航空機搭載の方向探知の仕組みは下記のとおりである。
方向探知のシステム構成図

 
上記仕組みは、飛1号方向探知機として実現しており、指示器としては航路計として表示することができる。
 

飛2号方向探知機は、第24.71図のテレフンケン会社の帰還装置のS1を省略した簡易版として、指示器の代わりにモールス信号の音声で方向が分かる仕組みである。

枠型空中線と補助空中線の関係について
枠型空中線のみでは8の字特性しかなく、目的の方向及び180度の逆の2つの解が生じることになる。
このため、枠型空中線に補助空中線(無指向性)を同時運用した場合には、合成受信起電力がハート型の受信特性となり真の方向のみが表示されることになる。
このため、ANモードで方向決定したあと、∞のモードに変更して、その方向の真偽を確認することとなる。
 


参考資料
無線航法についての記述があるので添付する。(陸軍航空隊には航測隊なる支援部隊があったようだ)   
 

<R04.05.14>追記

航測隊に入営、航測手として 南方方面転戦記 山形県 鈴木栄三郎

https://www.heiwakinen.go.jp/wp-content/uploads/archive/library/roukunote/onketsu/07/O_07_195_1.pdf

 

地1号方向探知機

https://minouta17.hatenablog.com/entry/2019/07/02/110328

 


参考情報
海軍航空機の無線帰投装置の考察
https://minouta17.hatenablog.com/entry/2020/04/10/093455


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参考文献
日本無線史」9巻 1951年 電波管理委員会
無線工学ポケットブック 社団法人日本ラヂオ協会 昭和16年7月発行 
横浜旧軍無線通信資料館 HP、掲示板、FB
戦史叢書 陸軍航空兵器の開発・生産・補給 防衛庁防衛研修所