日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

昭和22年度製東芝漁船用中波(ZS-1009)・短波(ZS-1010)受信機について

昭和22年度製東芝漁船用中波(ZS-1009)・短波(ZS-1010)受信機について

札幌市のNさんから下記の情報・資料提供をしていただきました。
今、家にある受信機、「漁船用短波受信機 ZS-1010 東京芝浦電気 昭和22年」構成は9球全てRH-2(実際はソラ×8,RH-2×1)筐体は左右に3個ずつゴム掛け用の丸いボビンが付いていて、航空機用にしか見えません。
ジャックの表示も受聴器です。
ただ、コンデンサ等は戦後製も混じっているので、戦後製造されたことは間違いないようです。
私は書物やネットで「ソラ」に関する記事のなかで海軍のいろいろな機器に使用されたと書かれていますが、FM2A05Aを使った通信機は見たことがありますが、「ソラ」を使用したものは今まで観たことがありません。

東京芝浦電気製受信機の画像をお送りします。
短波用、中波用の2種類ありまして、形番号は、短波:ZS-1010、中波:ZS-1009
受信周波数は、短波:2Mc-12Mc(2-5Mc、5-12Mcの2バンド)
       中波:350Kc-2Mc(350Kc-850Kc、850Kc-2Mc)
サイズが245×375×160ミリ(左右の突起部含まず)重さ6から7キロ程度、
製造番号は、昭和22年5月が1026,1033。昭和22年9月に1065を確認。
固定抵抗器をシャーシにネジで固定するといった軍用通信機に見られる組立方がされています。

提供して頂いた東芝漁船用中波・短波受信機の写真を以下に示します。

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本機東芝の漁船用中波・短波受信機の全容を手持ち資料とネットの力で整理してみました。
開発の背景
札幌市のNさんのご指摘のとおり、戦時中の軍用無線機の製造技術を踏襲した業務用受信機です。
なお、本機の使用真空管は銘板からRH-2と記載されていますが、工場出荷の段階ではRH-2または「ソラ」が混在した状態で実装されたものと思われます。
設計段階では、RH-2で設計したものの、工場の在庫では大量の「ソラ」があったので同規格の「ソラ」を使用で代用したのが実態ではないでしょうか。
この時代的な背景を考慮すると、まず、昭和22年といえば、敗戦によるショックから立ち上がり、軍需製品の需要が皆無の中、なんとか民需製品を自ら発掘して開発・製品化する必要があったことによります。
製品化にあたっては、戦後の物資不足にあっても、敗戦までに、受信用真空管といえば、レーダー用や無線機用として大量生産され、昭和22年でも工場には大量のストックがあったものと推定でき、その真空管を再利用したい考えたものと思われます。
次に、陸軍を主体として、開戦当初から既存の真空管でも、保守性、生産性の観点から同一管のみでの受信機の開発も進められていました。
たとえば、陸軍航空機用の飛1号受信機はUt-6F7×5本、飛3号受信機はUS-6F7A又はMC-805-A×5本、陸軍の地4号受信機はUZ-6D6×6本などが代表的な事例です。
勿論、電気的性能は最適化した真空管構成の受信機と比較するとかなり劣ることとなります。
大戦後期になると、この受信用真空管は軍の指導やドイツ無線機の影響もあり、万能管の製造を目指し、日本無線ではFM2A05Aの開発を行ったが、歩留まりが悪く、別系統の東芝のH管からソラへの展開に続くこととなった。
たとえば、海軍航空機用96式空2号無線電信機受信機では、当初は最適化した真空管構成(6D6、6L7G、6D6、6B7、41、76、76、76)であったものを、96式空2号無線電信機受信機改では無理やり万能管のFM2A05A×8本に換装しましたが、FM2A05Aの調達が間に合わず、敗戦末期においては万能管ソラ×8本に変更しています。
この流れとは別に、電波兵器としてのレーダー用真空管も多品種、大量生産の必要性から万能管思想の東芝のH管やソラが大量に採用されることとなりました。
たとえば、東芝が開発した仮称三式一号電波探信儀三型受信機では、150Mc帯の高周波部はエーコン管ですが、IF以降は全てRH-2×7本の真空管構成を採っています。
上記背景を基に、戦後の東芝では業務用受信機の製造には、色濃く旧軍の設計思想を引きずった通信型受信機が設計されたものと思われます。
ただし、昭和27年頃になると、RCAやGEからの技術導入が行われ、和製真空管は完全に一掃されることとなります。
この結果、ST管からGT管やMT管への生産が主流となります。


なぜ漁船用中波・短波受信機を開発したのか
漁業無線機は、戦後飢餓迫る日本民族を救うため、魚を捕らえて食糧にとGHQの命を受けた水産庁が、数千隻から300隻に激減した漁船を急造していた。
それに無線機をつけて漁獲を倍増しようとした。
このためには、水産庁による漁業無線認定会社が前提であり、銘板にも漁船用を明記する必要があったのだろう。
無線機製造会社がこの漁業無線の市場に新規参入しており、東芝も同様であった。
東京芝浦電気株式会社八十五年史にもこれを裏付ける記述として、「終戦から昭和23年まで」の項で、漁業用無線機の関係を抽出すると、漁業用無線機(10W、100W)、漁業基地用無線機、漁業用波長計などの生産記録があります。
社史の記録には漁業用無線機(10W、100W)に2種ありますが、本受信機はかなり小型な製品なので漁業用無線機(10W)の受信機に該当する可能性が高いと思われます。
なお、本機漁船用中波・短波受信機には、旧軍の航空機用無線機で採用されていた吊り紐懸架方式のために両側面に3つの端子と同じものを特別設けていますが、これは外洋用小型船舶(例えば外洋のトロール船や南氷洋捕鯨キャッチャーボートなどで母船との通信確保)に搭載して防振対策を施したということかもしれません。
そうゆう意味では、戦時の航空機搭載無線機のような軍用レベルの品質を有した業務用受信機が必要だったのだろう。
これを裏付ける資料として、同じく東芝の社史の「終戦から昭和23年まで」の項の中に、昭和23年に、「船舶用ことにキャッチャボート用、貨物船用の無線機の製造を開始している」との記述があります。
このことから、本機はやはり外洋とくに南氷洋での使用を想定したキャッチャボート用の無線機の受信機と想定できますが、本機の製造年月は昭和22年5月と9月などであり社史との矛盾があり断定には至りませんでした。

型名の短波:ZS-1010、中波:ZS-1009の「ZS」について
戦前の東芝の業務用製品の型名は第1字目がG:送信機、S:受信機、第2字目がR:無線関係、第3字がP:電話、T:電信となっており、GRT15BやSRP201などと称していた。
以下戦前・戦時中の生産事例を示します。
東京電気 SRT-655A スーパーヘテロダイン短波受信機 (昭和17年7月製) 東京電気株式会社

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戦後は、型名の書式は、第1字目がZは無線機関係を、第2字目がSは受信機を示しているように思われます。
東芝のZS受信機の年度別代表的な製造品目は以下のとおりです。

東芝ZS-1004A型 7球3バンドスーパー(1946-47年) 東京芝浦電気(株)
真空管構成6D6 Ut-6L7G 6C6 6D6 75A(6ZDH3) 42 80
東芝ZS-1004C型 7球3バンドスーパー(1947-48年) 東京芝浦電気(株)
真空管構成6D6 Ut-6L7G 6C6 6D6 75A(6ZDH3) 42 80
東芝中波:ZS-1009(1947)
 真空管構成RH-2×9本
東芝中波:ZS-1010(1947)
 真空管構成RH-2×9本
東芝ZS-1123G 1951
 真空管構成GT管13本
東芝ZS-1204G 1951
 真空管構成GT管6本
東芝ZS-1205G 1951
 真空管構成 GT管12本
東芝ZS-1214D 1954
 真空管構成MT管17本 2/3重スーパー
東芝ZS-1227/C 1953
 真空管構成GT管13本
東芝 全波受信機 ZS-5523A 1963年設計
真空管構成MT管×13本

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真空管RH-2とソラの関係
けんさんのホームページの真空管「Hシリーズ」物語にRH-2→RH-2-GT→ソラの関係を説明されていますが、基本的には互換があったものと思われます。

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戦時中のソラの使用例
戦時標準型商船用「松下無線RM-40L型中長波電信電話受信機」昭和19年

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短波:ZS-1010、中波:ZS-1009のブロックダイヤグラム
RH-2高増管 RH-2第一検管 RH-2第一中増管 RH-2第二中増管 RH-2第二検波菅 RH-2低増管 RH-2出力管 
RH-2第一局発管 RH-2第二局発管
中間周波数は463kcとなっていますが、これは戦後東芝が中心となってスーパー標準と決めた中間周波数の463kcと一致します。このことから、本機の設計自体は戦後に行われたことがわかります。
なお、この中間周波数は漁業無線による妨害が生じたため、1951年に国際標準の455kcに変更されています。


参考文献
真空管顛末記(ケンさんのホームページ) http://kawoyama.la.coocan.jp/tubes.htm
幻のレーダーウルツブルグ 昭和56年12月 津田清一
日本無線史 第11巻 無線機器製造事業史
東京芝浦電気株式会社八十五年史 1963年
日本の業務用受信機 金道英雄 1997-7