日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

1.陸軍無線技術の特質

1.陸軍無線技術の特質
 
無線技術は、その発生の段階からして通信をその目的として発展を遂げ来ったものである。今次戦争において、所謂電波兵器が開発され多量、多方面にわたって実用せられたが、これまた一方向的通信とも考えられ情報獲得の手段として利用せられたのである。
したがつて、陸軍においては、無線技術及びその利用は戦斗目的の遂行に対して補助的、消極的な役割りに立たざるを得なかつた。
また、陸上戦斗においては、他の原始的な通信手段――例えば伝令,視号、鳩、有線等――の利用が可能であり、海、空軍に於けるがごとく、無線が唯一無二の、或はそれに近い通信手段であつたことと異なり、無線通信に対する希求、依存の度は低かつたものと考えられる。
したがつて或は軽視され、非戦斗兵器として冷遇されてきたことは否めない事実であつた。
今次大戦が、近代戦の様相をとり、戦斗規模の広大なること、その過程の迅速なることにおいて、無線技術の特性を最も良く発揮すべき段階であったが、惜しい哉、無線技術に対する軽視、冷遇がその禍をのこし、或は一般特に上層部における無理解、没関心が逆に無線兵器に対する過度の要求となり、方策の決定を誤らしめたことも或はなしと言い得まい。
斯くして、基礎的な工業力の縦深の不足、ことに多量生産技術における欠陥等と相俟って、所謂無線兵器の活用に問題点があったことは事実のようである。
無線機は、吾国においては銃、砲、航空機等と同じく第一類兵器として取扱われて来て、そのために或は大きな進歩を見た点もあったのであろうが、制式の決定、変更等が煩雑となり、或はその取扱いが必要以上に慎重と言うよりも恰も腫物に触るごとき態度となり、改良、性能の向上のための努力がなされなかったことは大局的に見てマイナスではなかったらうかと思われる。
例えば小生の所見によっても、送信用手回発電機の高圧刷子部にカーボン屑が留まったために短絡しておるのを清掃することを知らず、無理に発電したために焼損した様な事例を他部隊で使用中の無線機に於いて発見した。
此の点海軍においては無線機に対する依存性が高かったためか、実施部隊における研究(むしろ実験と称すべきか)が活発に行われ、その意見、結果を設計、兵器行政面においても虚心に取り入れ、性能の向上を図ったもののようである。
戦争末期に於いては、或は戦訓資料等により地3号無線機の周波数拡大、各種無線機の耐爆壕内使用の場合における饋電空中線の使用等が指示され、或程度の戦況に応ずる応用、動作も実施されたかに見えたが、通信指揮者としての幹部殊に将校にあっては通信実施の現況を理解把握せんとの意慾が殆ど見られず(実際将校にして自ら作戦間通信機に手を触れ、または通信所に立ち入りその運用状況に親炙せるものを見なかった)そのために意見の具申に対しても消極的、否定的傾向にあったことは率直に認めねばなるまい。
翻って、英国空軍の実況に見ても、その使用無線機は、或は簡単な構成による前近代的なものも開戦直後には見られたが、それに対して結線の変更による運用の能率化が指示されていたり(バッファロ戦闘機の無線機におけるが如く)、或は米軍々用無線機のマニュアルに見るごとく、時に漫画等を引用してその理解を促進し、深める等の努力がなされ、無線機を誰にでも使える親しみ易いものとするために努力か重ねられた模様である。
また、吾国軍々用無線機にあっては、野戦用無線機を主対象としたがため、独立した任務を遂行し得る能力を求むるの余り、如何なる状況の下にあっても通信勤務が可能なるごとく多くの所属品が入組装備されて居た。
空中線支柱、天幕、照明用の蝋燭立、カンテラ、夥しき量の予備部品、消耗品、電話を使用しない部隊における変調器等である。
是等は野戦において、或は必要あるものもあったが、殆ど使用されることなく、徒に装備部隊の行動を鈍重ならしめ、無線機の価格を高からしめる結果に終わったのみではなかったろうか。
戦後無線機の引渡しを受けた英軍将校は、小生に、これほどたくさんの部品をどうして持っているかと尋ねた。
故障修理のために持っていると答えたところ、通信部隊の修理能力にいたく驚い様子であった。
英軍では故障の時どうするかとの小生の問いに対して、彼は機械だから故障しないが、もし故障を生じたときにはM部隊に引き渡すまでであると答えた。
機械に対する信頼感に深く考えさせられるところがあった。
我国においては、無線機は一組を単位として取扱われ、例えば、その内の受信機の機能が低下し、使用に耐えなければ一組として廃品処理をうけ、徒に野戦兵器廠の倉庫に積上げられるのみであって、たとえば送信機、発動発電機が使用可能であって同じく廃品として処理されるのであった。
まことに勿体ない話である。