日本帝国陸海軍無線開発史

大西成美氏の「本邦軍用無線技術の概観」をベースに資料追加

9-3 全波受信機

9-3 全波受信機 
9-3-1 92式特受信機
概要
本機は92式特受信機同改1、改2、改3、改4及び1型改3、2型改4等、その改良型が極めて多いのであるが、広く実用されたのは改3以降である。
各型共周波数範囲は20 乃至20,000Kcで、20 乃至1500Kcを長波帯、1500Kc乃至20,000Kcを短波帯とし、短波帯は高周波2段(UZ78)、第一段検波(Ut6A7)、中間周波2段(UZ77)、低周波1段(UY238)のスーパーヘテロダイン式で、長波帯は中間周波初段に空中線を結合し、高周波2段、検波、低周波1段のストレート式受信機として使用するようになっている。
92式特受信機は、装備受信機数の少ない潜水艦用として設計されたものであるが、新型として用兵者側からの切なる要望があったため、水上艦艇にも多数装備された。
使用後製造上の手違いと結び付き、昭和8年末から約半年間の本受信機に対する非難囂々たるものであった。
その結果、昭和8年から同9年にかけて改1、改2、改3と改良されて行ったのである。
最初の苦情は固定抵抗の頻々たる焼損に対してであった。
この固定抵抗は、硝子板に白金飛唾を行ったブルーバードと云う商品名を附けられたものであったが、会社の製作能力が貧弱であったため、量産に移ってからは、品質が著しく低下した。
ここに於いて、同種類ながら品質良好と云われたプラチタンスを用うるようにしたが、なお硝子では機械的に弱いため、他の酸化銅系、黒鉛系のもの等を調査したが雑音が大で満足出来なかった。
偶々ジーメンス製の黒鉛系のものが非常に優秀であったので、国産でこれに劣らぬものを研究するよう、会社側の努力を求めたが、その後リケノーム島が完成され受信機のみならず各方面で使用された。
次にスーパーヘテロダイン式であるため、混信が多いことが問題となった。
この混信を軽減するため、中間周波を大きくし、ギヤング蓄電器の調製を厳密に行うことになったが、愈々製品を出すようになってから、混合管Ut6A7のエミッションが、次第に減退し、発振不能になることが判明し、急ぎこの真空管の改良を行って間に合わせたようなことがあった。
その後紙蓄電器のパンクが問題になり、受信機内の温度上昇を減ずるため、機内での最大の熱源となっていた線条抵抗器(200Vを線条電圧に落とすための抵抗)を小型化して、筐外に出した。
これは局部発振周波数の漂変量軽減にも大いに役立った。
この線条抵抗を筐体外に出した型のものが改4である。
左に改良型に就いて記述する。
(1)92式特受信機改3及び改4
上記のような経緯を経て、改3、改4が出来たのであるが、改4は線条抵抗を筐体外に出した以外は、改3と同一である。
周波数範囲は前記の通りで、電源は直流200V又は直流200V及び6V(交流にても可)を使用する。
周波数は短波帯、長波帯(中間周波帯)共5つのバンドに別れ、線輪を挿換えて行うようになっている。
この改良型受信機はあらゆる艦船部隊に広く使用された。
(2)92式特受信機改3前置選択器附
昭和14年頃に至り、艦隊の通信量が増加するようにつれて、再び混信が問題となり、且つ自艦送信妨害の除去が要望されたので、前置選択器を研究試製し、これを附加した。
これに依り選択度を相当向上させ得たが、感度の低下を来し、30台程製造して中止された。
(3)92式特受信機1型改3
本機は電源を交流化(100V)したもので、他は改3と同様である。
昭和13年頃から製造された。
(4)92式特受信機2型改4
本機は間隙受信を行い得るように附加装置を附けたものであるが、余り実用には供されなかった。
(5)其の他
右の外特殊の目的のために、周波数範囲を25,000Kcまで拡張したものや、水中受信用としては、高周波増幅2段を増し且つ同調回路のインピーダンスを小とし、雑音発生を少なくし、17.4Kcを受信し得るように改造したものがあった。
前述の如く92式特受信機は、海軍で広汎且つ多量に実用せられていた兵器であるから、本機の性能が通信実施上影響するところは頗る大きい。
しかして受信機としての性能は逐次の改良を経た。
92式特受信機に於いては、概ね優秀であるが、本機の第一局部発振器の周波数変量の大きいことは欠点の第一である。
しかしそれを本機が制定せられ、実施部隊の実用に供せられて以来、各種の相当深刻な欠陥が指摘せられ、これに対し送急に対策を講ずるよう要求が出たので、この改善に忙殺されたため周波数漂変対策が遅れたと云う見方がある。
本機の周波数漂変は、起動後3時間乃至4時間後に最大となり、その漂変量は長波に於て1千分の2.5、短波に於て1千分の5であった。
他方この受信機の感度幅は、長波では約1千分の25、短波では1万分の8乃至17であるから、この受信機の漂変量は長波の場合には十分感度幅内にあるが、短波の場合には感度幅より遥かに大であるから、常に目盛の2乃至3度の捜索が必要となる。
実用に当たって、この受信機漂変量を見越して、使用約3時間前の線条点火を原則としている訳であるが、火急の場合には、3時間後安定化を待つなどということは事実出来ないことで、この周波数漂変量を縮減することは緊急の問題であった。
自励式原振器の周波数漂変は、95式短3号、短4号、短5号そうしんきの場合には、起動後25分で最大の1万分の22に達し、99式短3号、同特3号、特4号送信機では約5分で、最大10万分の7に達する程度であるのに対し、前記のような受信機の漂変量は量的にも時間的にも大きな差違
がある。
その主なる原因は、92特受信機の線条電圧降下抵抗の発熱に因り、筐内温度が長時間に亘り、暫次上昇することに在ると認められるが、漂変の生じる原因は勿論、送信機原振器の場合と同種であるから、対策としては、原振器で考慮したことを実施することになる。
本受信機の場合にはまず局部発振管を容量変化の少ないものに取替え、且つベークライト・ソケットをステアタイト・ソケットに変え、発振線輪の巻枠をエボナイトからステアタイトに改める等のことをやったが、未だ漂変が相当あったので、これを補償するために、特殊の構造をした漂変補償蓄電器を附加するこことした。
かくして改良せられた特受信機の周波数漂変は、約1万分の5となったから、概ね感度幅内に収まり、送信電波の周波数偏差さえ無ければ、局部発振器のハンドルを動かさなくとも、待受受信が出来ることにまでなった。
コイルは5組20箇を差換えて使用する。
真空管のヒーターは、直列にも、並列にも切替可能であり、直列にすれば電圧降下用抵抗器を使用して、直流200Vの艦船用電源を、プレート電源は共に使用することができる。並列にすれば、AC又はDC6V及び200Vプレート電源を使用する。

参考情報

f:id:minouta17:20200107134517j:plain

f:id:minouta17:20200107134112j:plain

f:id:minouta17:20200107134127j:plain

 

f:id:minouta17:20200107134137j:plain

f:id:minouta17:20200107134148j:plain

f:id:minouta17:20200107134201j:plain

f:id:minouta17:20200107134211j:plain

f:id:minouta17:20200107134222j:plain

f:id:minouta17:20200107134233j:plain

f:id:minouta17:20200107134245j:plain

f:id:minouta17:20200107134254j:plain

f:id:minouta17:20200107134308j:plain



本文へ


参考文献
本邦軍用無線技術の概観 大西 成美
日本無線史 第十巻 電波監理委員会